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宋画・元画・水墨画・禅画・拡大画像・掛軸
達磨図。紙本墨画。賛「揚子江心波忽静 少林峰頂月初圓 凄々隻履西帰後 五葉花開幾許年 癸亥仲夏 瑞龍聡闡提拝賛 」。4句ともに達磨にまつわる故事(蘆葉達磨・面壁達磨・隻履達磨・五葉達磨)である。賛に方印2つ。残念ながら読めない。闡提(せんだい・チャンティカ・顛底迦)は、「欲求しつつある人」の原意から転じて「成仏する因をもたないもの・仏性をもたない人間」を指すという。日本の禅僧に鎌倉時代後期豊後万寿寺に住した闡提正具(京都建仁寺大中院に闡提正具像がある)がいるほか、この頃百聞正聡など、聡のつく禅僧が日本中国に幾人かいるが、賛文に適合する人物は見当たらない。瑞龍は、山号と見れば瑞龍山南禅寺が考えられるが、該当する僧侶は知らない。賛の書体は中国の宋時代〜明時代の特徴を示す。癸亥は南宋嘉泰3年(1203)、南宋景定4年(1263)、元至治3年(1323)、明洪武16年(1383)のいずれかと見られる。富山・曹洞宗瑞龍寺は、賛書体の示す特徴と彼寺創建年代にはあまりにも隔たりがある。
達磨は、顔をごく淡い墨で、目・鼻穴・唇陰・衣服線を濃墨で描く。ごく淡墨であるが、人物の(向かって)左縁沿いに樹幹が立ち、それから半円に撓る枝があたかも達磨像の光背のように伸び、右上に柳葉が垂れる様を確認できる。墨の濃淡の使い様は南宋禅余人物画の特徴そのものである。人物像は、この絵でうまく納まっており、半身像である。図の中央最下に、隅がやや丸い方印を押しているが、大半を欠失していて、判読できない。妙心寺に南宋禅僧滅翁文礼の賛を持つ達磨像がある(原色日本の美術10・小学館)が、全く異なる面貌である。園城寺に伝わる五部心観(円珍が唐長安青龍寺法全師からの賜本)に見える「インド風の官能性の強い尊像」の面貌と酷似する。中廻しの古裂は漆をシブに掛けた独特の古錦で、当初の表装を再利用しているのであろう。