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白沙堂の図書館 平安京の器 その様式と色彩の文化史 梅川光隆 第一部 平安京の器
第1章 破邪の器 本稿で行う考察の基本となる様式・色彩の概念、視点を明確にする。平安京の器の種類とその価格を概述する。
第2章 清浄の器 土の本性は不毛であり、赤色(黄色)である。土のもつ薬効にすがる事例を示し、着色行為の存在を指摘する。赤の代表である深草土器の特徴を抽出し、酒宴における紅白の対抗を指摘し、お産での土器破りに見る破邪の器としての性格を論じる。
第3章 常火の器 内黒の土器について、その燻しの技法を仏典を史料として考察し、彩色との同一性を論じる。内黒の器は粗末な器と写るが、祝事にも多用されたことを示し、評価を高める。黒色の器の火処としての性格を明らかにする。
第4章 四季の器 平安京の器の色彩の原像を求めて、原初的と映る樹木葉の容器について考察する。中国史書の倭伝の記述を二様に解釈して、日用・非日用の器として樹木葉を用いたこと、非日用では外来習俗の移入を念頭する必要があることを指摘する。さらに神事に見える「八ひらて」の意味を考える。
第5章 忌火の器 青い焼き成りの須恵器=斎い掘り据えの器を介して、忌火に用いる青色の器を考察する。
第6章 若葉の器 史料では緑釉陶器を語るものが少ない。尾張青瓷の史料を再検討から平安後期での青瓷は大陸産であることを指摘する。若菜の行事を介して緑釉陶器の使用を推定し、丹波特産の「少許春羅」を介して丹波篠の緑釉窯場を幻影する。
第7章 増益の器 金の調度を享受するのは上位階層である。器を金色に仕上げる行為を介して、金色のもつ延命や死者への手向けの性格を指摘する。
第8章 延命の器 中世の古瀬戸と古代尾張瓷器との間を語る史料上の断絶を指摘する。その断絶を埋める史料として春日器を発掘する。春日器は白色の器の部類としての清浄の性格を多分にもち、日用・非日用に使用したことを明らかにする。
第9章 和合の器 今日の概念とはかけ離れたものとして茶碗を取り上げ、当時の存在価値を考察する。茶碗は茶事の用のほか酒宴にも重要な役割を果たしたことを指摘する。分析を通じて、茶碗は様式(スタイル)であることを明らかにし、胡国スタイルとの重なりを指摘する。器の共有価値を鳥頸瓶の故事に求め、和合の性格を指摘する。
第二部 平安京の置き炉 第1章 火鉢の成立 採暖の炉である火鉢を文献・考古遺物から検討し、火鉢という言葉の成立は室町時代にあるのではなく、新しくとも平安時代後期に遡ること、当初の「火鉢」は火桶・火櫃・火爐などの火容(=鉢)を指したものであること、それが転じて、それ自身が火容であり外容器であるような火舎をも「火鉢」と呼んでいたこと、土製にあっては鎌倉時代後半期(十四世紀初めもしくはそれを若干遡るころ)にそれまでの火容としての製品に代わり、外容器なしで単独でも使える製品(=奈良火鉢)が出現したが、これにより「火鉢」の意味も部分としての火容から製品としての火鉢に移ったことなどを指摘する。
第2章 中世京都の炊事・採暖の炉 居住生活史の一環として中世で果たすべき研究主題を展望し、住家の炊事・採暖の炉を、住家階層との関わりを念頭において、絵巻物に見える様態を類型化する。一般階層の片土間住家では居間に切り炉を設けず、移動可能な置き炉で賄っていた可能性が高いことを指摘し、置き炉の意味付けを行う。
第3章 平安京の置き炉 平安時代、単構造の置き炉から火桶・火櫃などの二重構造の置き炉への発展があったが、そこに至る経緯が明確になっているとは言い難い。そこで、当時の史料に見える火?・土火爐という二つの炉の復元を試み、単構造の炉の具体化を図る。さらに平安時代後期に出現する土製火容製品から火桶・火櫃の復元を試み、単構造から二重構造に進展する際に革新しなければならない二・三の点を指摘する。
平安時代の置き炉として火爐・火櫃・火桶がある。この三つの炉は住家の調理室・配膳室・食事室を別って配置された。各々の実態を史料から考証し、置き炉の調度化を展望する
平安時代後期、置き炉は工芸的な発展をとげたが、当時の風流の風潮のもとで外見を重視した儀器化も進行したと予想される。それを史料に基づき確認する作業を行う。炉の炭・灰を櫛・お白いという化粧具で見立てる風流に着目し、その記事の散見する五節の贈答記事を中心に火桶と櫛について分析する。贈答という行為を介して調度火桶・実用薫炉から見立ての炉に推移することを確認する。見立ての進行には多彩な意味の櫛が深く関与し、炉を含めた見立ての造形を風流の櫛と称したことも明らかにする。
第三部 火取玉 発火技術の一つに太陽光を利用した火取りがあり、その採火方法は凸レンズの原理によるもの(火珠)と凹面鏡の原理によるもの(陽燧)の二種類がある。これらは古代から知られていたが、日用への普及を見なかった。本稿では、普及を阻害した社会的な原因として、古代では火取りの発火具自体が日用の発火具を超越する有徳の霊宝と観念され、近世では採取の対象となる太陽の真火が日用の火の上に立つ至上の火と観念されるなど、時代を越えて日用とは区別される格別の性格が付与され続けたことを指摘する。火の「文化史」あるいは「民俗史」では発火技術の主流であった火切りや火打ちに研究が偏りがちで、火取りはほとんど無視されたままであり、手始めに管見した史料の紹介をかねて私見をまとめた。
第四部 平安京の器(総括)平安京の器の研究現状を分析し、器を使用する側からの考察が進んでいないことを指摘する。非日用の食膳の器の考証・分析を介して、白・赤の色彩の器の演出があること、日用の食は一汁一菜を想わすこと、一人前一菜の定量の確立があることを導く。また非日用の酒器の考証・分析を介して「塗り染め」の行為の存在を導く。さらに非日用における例用行為を考察して座の特権再生産メカニズムを指摘する。以上を総括して平安京の器の特質は色彩による演出の開花にあり、文化史上の特質は見立ての発生・高揚にあると結論する。